「予算がない」と断らせない! いま研修事業者が知るべき人材開発支援助成金とeラーニング
人的資本経営や、政府によるリスキリング支援の強化を受け、企業向けの研修市場は拡大傾向にあります。しかし、市場が拡大するということは、同時に参入企業が増加し、競争が激化することを意味します。受講者に好評な良い研修コンテンツを持っていても、「顧客の予算」や「競合との価格競争」によってお断りされてしまうケースが増えていないでしょうか。
この連載では、研修事業者(教育機関やコンサルティング会社など)のみなさまに向けて、国の制度である「人材開発支援助成金」を、正しく、かつ効果的に自社のビジネスに取り入れるためのポイントを全3回で説明していきます。
第1回となる本記事では、最新の市場データに基づき研修ビジネスの現在地を整理した上で、主要な3つの助成コースの基礎知識と、現代の研修スタイルに不可欠な「eラーニング」を助成対象とするための条件について分かりやすく解説します。
<この記事はこんな方におすすめです>
- 研修会社・教育機関・コンサルティング会社の経営者、事業責任者
- 顧客から「予算がない」と断られることが多い営業担当者
- 自社研修のeラーニング化や、動画販売を検討中の企画担当者
目次
データで見る研修市場の現在地と「予算の壁」
データが示す市場の拡大基調
まずは客観的なデータから、現在の研修ビジネスを取り巻く環境を整理します。
矢野経済研究所が2025年に発表した「企業向け研修サービス市場に関する調査」1によると、2024年度の市場規模は前年度比4.6%増の5,858億円と推計、2025年度も同4.6%増の6,130億円と予測されており、堅調な拡大基調にあります。
この背景にあるのが、経済産業省や金融庁が主導する「人的資本経営」の推進です。上場企業に対して人的資本に関する情報開示が義務付けられたことで、「人材育成にどれだけ投資しているか」が企業の評価指標の一つとなりました。さらに、政府は「人への投資」として、5年間で1兆円規模のリスキリング支援策を打ち出し、企業の教育投資を後押ししています。
「予算はある」しかし「財布の紐は固い」
実際に、企業の教育投資意欲は数字にも表れています。
厚生労働省の「令和6年度 能力開発基本調査」によると、OFF-JTなどの教育訓練費を支出した企業の割合は54.9%となり、前年度からさらに増加しました。
また、政府による「賃上げ促進税制」でも、教育訓練費を増額した企業に対する税制優遇が強化されるなど、国策としても「人的資本への投資」が強く後押しされており、予算配分は確実に増えています。 一見すると、研修事業者にとっては追い風が吹いているように感じます。しかし、現場の営業担当者からは、「商談機会は増えたが、成約に至るまでのハードルが上がった」という声が多く聞かれます。
その理由は、企業側が「投資対効果(ROI)」に対して非常にシビアになっているためです。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が2025年6月に公表した「DX動向2025」によると、DXの取り組みで「成果が出ている」と回答したアメリカ・ドイツ企業が8割を超えているのに対し、日本企業は「6割弱」にとどまっています。
さらに深刻なのは、成果について「わからない」と回答した企業の割合が、日本は米独に比べて高く、「投資はしたものの、効果が見えていない(測定できていない)」という実態が浮き彫りになっています。
予算枠は確保されていても、それをどの研修に配分するかは厳格に精査されます。「とりあえず実施する」だけの研修は淘汰され、「明確な成果が見込めるもの」「コストパフォーマンスに優れたもの」が選ばれる時代になりました。
研修事業者が押さえておくべき「3つの主要コース」
「人材開発支援助成金」は、厚生労働省が管轄する助成金の一つです。事業主が雇用する労働者に対して、職務に関連した専門的な知識や技能を習得させるための職業訓練などを計画に沿って実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部が助成されます。
研修事業者が提案に組み込むべきコースは、ターゲットとする商材や研修内容に合わせて主に以下の3つに分類されています。
① 人材育成支援コース
従来の「特定訓練コース」「一般訓練コース」などが統合・再編された、最もスタンダードなコースです。職務に関連する知識・技能を習得させるためのOFF-JTに対し、経費(および条件により期間中の賃金)が助成されます。
- 主な対象研修
配属後の実務研修、管理職研修・階層別研修、職務に関連する専門スキル研修 - ポイント
コスト負担を軽減しながら従業員のスキルアップを図れる点は、費用対効果を重視する経営層に対して強い説得材料となります。
② 事業展開等リスキリング支援コース
現在、最も強く推し進められているのがこのコースです。新規事業の立ち上げ、DX(デジタルトランスフォーメーション)、グリーンカーボンニュートラル化などに伴い、新たな分野のスキルを習得させるための訓練が対象となります。
- 主な対象研修
DX推進人材育成講座、AI・データ活用研修、新規事業開発ワークショップ - ポイント
既存事業の延長線上ではなく、「新しい取り組み」に関連する研修であれば採択されやすいため、DX研修やAI活用講座などを提供する事業者にとっては非常に相性の良いコースです。
③ 人への投資促進コース
このコースは、デジタル人材の育成や、労働者の自発的な学習、定額制サービスの活用などを支援するために設けられた、比較的新しいコースです。特に研修事業者様にとって注目すべきは以下の2つのメニューです。
A. 定額制訓練
eラーニングの「受け放題プラン」などのサブスクリプション型研修サービスを利用させた場合に適用されます。
B. 高度デジタル人材訓練
ITSS(ITスキル標準)レベル3または4相当の資格取得を目指すような、高度なIT訓練が対象です。
ポイント: 豊富なコンテンツを持つ研修事業者は「定額制訓練」、専門的なプログラミングスクールなどは「高度デジタル人材訓練」と、商材に合わせて使い分けることができます。
3つのコース比較・早見表
貴社の研修コンテンツがどのコースに適しているか、以下の表で整理してみましょう。
| コース名 | 対象となる研修例 | 経費助成率(中小企業) | 賃金助成 (中小企業) |
活用のポイント |
| ①人材育成支援コース | 専門スキル研修 階層別研修 ※一般マナーなどは除く |
45%(60%) | あり 800円(1,000円) ※eラーニングを除く |
定番研修の販促に最適。現場不在を気にする企業への説得材料になる。 |
| ②事業展開等リスキリング支援コース | DX研修 AI活用講座 新規事業創出講座 |
75% | あり 1,000円 ※eラーニングを除く |
成長分野・DX分野なら。最も助成率が高い。 |
| ③人への投資促進コース | A: 定額制訓練 サブスクリプション型の研修サービスB: 高度デジタル訓練 ITSS(ITスキル標準)レベル3、4以上 |
A: 60%(75%)
B: 75% |
A: なし
B: あり |
「受け放題プラン」や「専門スクール」など、多様な形態に対応可能。 |
※助成率の()内は、賃金要件・資格等手当要件を満たす場合の最大値です。
※具体的な要件や限度額は、必ず最新の公募要領をご確認ください。
顧客に「実質負担減」という価値を提案
この制度を提案に盛り込む最大の価値は、顧客の実質負担を劇的に軽減できる点にあります。
例えば、ある企業が貴社の研修(総額100万円)を導入しようとした際、助成金活用によって経費の約半額〜75%が戻り、さらにコースによっては受講社員の賃金分も補填されます。企業の実質的な持ち出し金額は数十万円、あるいはそれ以下になるケースもあります。
これは、貴社が「値引き」をして身を削る必要がないことを意味します。「貴社の利益」を守りながら、「顧客のコスト」を下げる。このWin-Winの構造を作れることが、助成金活用のメリットです。
「eラーニングは対象外」は過去の話。ただしLMS運用が必須
かつて、助成金対象となる研修は「対面形式(集合研修)」が原則であり、通信教育やeラーニングは対象外、あるいは要件が非常に厳しい時代がありました。しかし、働き方の多様化やDXの推進に伴い、厚生労働省の基準も変化しています。現在は、適切な管理下で行われるeラーニングや通信制研修も、正式に助成金の対象となります。
ただし、ここで注意が必要なのは「動画を見せるだけでは対象にならない」という点です。これは、「人への投資促進コース(定額制訓練)」であっても同様です。
「YouTubeの限定公開」がNGな理由
厚生労働省のパンフレットやQ&Aには、eラーニングが対象となるための要件として、以下のような趣旨が明記されています(※各コース共通の基本的な考え方)。
【eラーニングによる訓練の要件(概要)】
- LMS(学習管理システム)の利用
単なる動画配信ではなく、受講者の学習履歴を管理できるシステム(LMSなど)上で実施されること。特に、システム上で「訓練終了日」および「訓練の進捗率(または進捗状況)」が記録・確認できる機能が必須となります。 - 標準学習時間の設定
実際の動画再生時間(実訓練時間)ではなく、そのカリキュラムを習得するために通常必要とされる「標準学習時間」があらかじめ設定されていること。 さらに、「1コースあたりの標準学習時間が10時間以上」または「標準学習期間が1か月以上」という基準を満たす必要があります。 - 受講管理(ログ)
「いつ(受講日)」「誰が(受講者ID)」「どこまで(進捗率や終了日)」学習したかを、システムログとして客観的に証明できること。Excelなどでの手動管理は認められません。 - 本人確認
ID・パスワードなどにより、申請対象者本人が確実に受講したことをシステム上で管理・証明できること。 - 質疑応答・指導体制
自社ホームページなどで訓練の概要や申込み方法を公開し、広く受講者を募集していること。「質疑応答」は通信制訓練の必須要件ですが、eラーニングの場合は「LMSによる進捗管理機能」が主たる要件となります。
つまり、YouTubeのURLを配布して「これを見ておいてください」とする形式や、視聴完了日や進捗率がシステムログとして残らない簡易的な動画配信ツールでは、労働局の審査を通過できません。「いつ、誰が、どこまでやったか」を客観的に証明できる「管理された学習環境(LMS)」が必要なのです。
監査に耐えうる「証跡」の重要性
助成金は公的資金(雇用保険料)を原資としているため、その支給審査は厳格に行われます。
審査の際、必ず求められるのが「訓練実施の証拠(エビデンス)」です。対面研修であれば「出勤簿」や「受講カリキュラム」で済みますが、eラーニングの場合、「システムから出力された受講ログ」がその代わりとなります。
このログに不備があったり、客観性が乏しかったり(手動で簡単に書き換えられるExcel管理など)すると、最悪の場合「不正請求」を疑われ、不支給となってしまうかもしれません。
研修事業者が自社のコンテンツを「助成金対応」として販売するためには、「労働局の要件を満たす機能を備えたLMS」を選定し、そのプラットフォーム上でコンテンツを提供することがスタートラインとなります。
要件準拠がもたらす「信頼性」という付加価値
ここまで、制度の複雑さや要件の細かさについて触れましたが、これらを「面倒なハードル」と捉えるか、「差別化のチャンス」と捉えるかで、事業の成否は分かれます。
「国が定める基準」をクリアしているという証明
助成金の支給対象となる研修カリキュラムを構築するということは、裏を返せば「厚生労働省が定める職業能力開発の基準(時間、内容、管理体制)を満たした、質の高い研修である」という客観的な証明を得ることに等しいと言えます。
市場には、効果の怪しいセミナーや、内容が薄い動画教材も溢れています。
その中で「当社の研修プログラムは、人材開発支援助成金の要件に準拠した学習管理システム上で運用され、適切な学習時間と進捗管理のもとで提供されます」と謳うことは、顧客に対して強力な「信頼の担保(Quality Assurance)」となります。
社内稟議の「突破力」を高める
顧客企業の研修担当者が、上層部に研修導入の稟議を上げるシーンを想像してみてください。
- A案:「内容は良さそうですが、費用は100万円です。効果測定はアンケートのみです。」
- B案:「費用は100万円ですが、国の助成金制度を活用することで実質負担は約30万円まで圧縮できます。また、助成金要件に適合したシステムで学習進捗を厳密に管理するため、社員がサボらずに受講したことをログで証明できます。」
経営者や財務担当者はどちらに首を縦に振るでしょうか。
助成金対応のLMSで研修を提供することは、単なるコストメリットの提供にとどまらず、顧客担当者が社内で企画を通すための「材料」をプレゼントすることでもあるのです。
まとめ:助成金活用は「安売り」ではなく「戦略」
本記事では、拡大する研修市場における「予算の壁」と、それを突破するための「人材開発支援助成金(主要3コース)」の基礎、そしてeラーニング適用の必須条件について解説しました。
今回の重要なポイントについて振り返ってみましょう。
- 企業の教育予算は増えているが、ROIへの要求は厳しくなっている。
- 「人材育成支援コース」「リスキリング支援コース」「人への投資促進コース」を使い分けることで、多様な研修ニーズに対応できる。
- 特に「人への投資促進コース」は、サブスクリプション型や高度IT研修に強みを持つ。
- eラーニングを対象とするには、YouTubeなどは不可であり、要件を満たすLMSが必須である。
- 要件への対応は、研修商品の「信頼性」を高め、顧客の導入決断を後押しする。
助成金活用は、決して「安売りのための道具」ではありません。
質の高い教育プログラムを、適正な価格で、より多くの企業に届けるための「戦略」です。
しかし、ここで一つ、実務的な課題が残ります。
「仕組みは分かったけど、具体的にどうすれば顧客も自社も利益を得られるの?」
単に「助成金で安くなります」と言うだけでは、付加価値には繋がりません。
第2回では、価格競争から脱却して客単価を向上させるための「助成金を活用した研修パッケージの設計」について解説します。
(第2回へ続く)
引用・参考文献
- 株式会社⽮野経済研究所『企業向け研修サービス市場に関する調査(2025年)』(2025年8月7日発表)
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3895 - 厚生労働省『令和6年度 能力開発基本調査』
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00202.html - IPA(独立行政法人情報処理推進機構)『DX動向2025』
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html - 内閣官房『人的資本可視化指針』
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf - 厚生労働省『人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内』
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001241379.pdf - 厚生労働省『人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内』
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001019848.pdf - 厚生労働省『人材開発支援助成金(人への投資促進コース)のご案内』
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001242995.pdf
※本記事の情報は2025年12月時点の公表資料に基づきます。助成金の要件や支給額は改正される可能性があるため、申請の際は必ず厚生労働省または管轄の労働局の最新情報をご確認ください。

- マーケティンググループ
- ロゴスウェアのマーケター/デザイナー。マーケターとしての「読む力」と、デザイナーとしての「見る力」で、みなさまの課題解決の糸口になる情報をお届けします。
最新の投稿
- 2026年1月23日不支給リスクを最小化する!人材開発支援助成金活用のための“eラーニングシステム”の選び方
- 2025年12月26日価格競争から脱却する!人材開発支援助成金を活用した“eラーニングパッケージ”の始め方
- 2025年12月18日「予算がない」と断らせない! いま研修事業者が知るべき人材開発支援助成金とeラーニング